自宅の台所から世界へ|Marouがベトナム産カカオを「高級品」に変えた仕組み

1枚10万ドン前後——ベトナムで一般的な板チョコの倍以上の値がつくチョコレートがあります。原料は100%ベトナム産のカカオ。ニューヨーク・タイムズが「あなたがまだ味わったことのない、最高のチョコレート」と紹介し、いまや20カ国を超えて輸出されています。ブランド名は「Marou(マルゥ)」。始まりは、2011年のサイゴン(ホーチミン)の、ごく普通の家庭の台所でした。
ベトナムのカカオは長らく「輸出用の安い原料」でしかありませんでした。その豆を、産地で板チョコまで仕上げ、世界の高級品に変えた——転換の肝は、原料を「輸出して終わり」にせず、加工の川下まで自分たちで握ったこと(垂直統合)にあります。珈琲や農作物を現地から直接扱ううまみ企画の目線で、その一手を読み解きます。
Marouとは——「100%ベトナム産」で世界に認められた初のチョコ

Marouは、ベトナム産のカカオだけを使う bean-to-bar(豆から板チョコまで一貫製造)の高級チョコレートブランドです。2011年、フランス出身の2人——元銀行員のサミュエル・マルタ氏と、元広告マンのヴァンサン・ムル氏——が立ち上げました。産地でカカオを加工し、そのまま世界へ輸出する。原産国でチョコを仕上げて売る事業者は当時ごくわずかで、Marouは「世界に認められた、初の100%ベトナム産チョコブランド」という位置づけを勝ち取っていきます。
ジャングルの出会いと、手探りの試作
マルタ氏はソシエテ・ジェネラルの元銀行員、ムル氏はサンフランシスコで広告に携わった経歴の持ち主です。二人は2010年、南ベトナムのジャングルでのキャンプ中に知り合いました。ベトナムにカカオが育っていることに興味を持ち、農園を訪ねる。マルタ氏は当時をこう振り返っています。「数キロの豆を買って、帰り道に、この豆でチョコを作ってみようと決めたんだ」。
最初の製造現場は、マルタ氏の自宅の台所でした。当時のホーチミンでは珍しかったグラインダーとオーブンを使い、ケーキ型でチョコを固める。手探りの試作です。その背中を押したのが、彼の元銀行員としての原体験でした。「10年間、銀行業界にいた。自分の名前を冠せるだけの、何か良いものを作りたかった」——これがブランド名「Marou」(二人の名前を組み合わせた造語)の由来にもつながります。
初期の出資を決めたのは、ベトナム在住の英国人ファンドマネージャー、ジョナサン・ウォー氏でした。試食して、その場で出資を決断。「事業計画も実現可能性調査もなく投資した。要はサムへの信頼だった」と語っています。緻密な計画からではなく、味への確信と人への信頼から始まった事業でした。
輸出用の原料を、産地で「作品」に変える
Marouのビジネスモデルの中心は、カカオの調達にあります。ベトナムのカカオは世界の生産量の0.1%にも満たない、ごく小さな存在です。市場が極小だからこそ、安定して良質な豆を押さえられること自体が、そのまま差別化になります。
Marouは南部の複数の省の農家と直接つながり、発酵の手法を標準化して現地に導入しました。発酵と乾燥の質がチョコの風味を決めるからです。持続可能な栽培を重視し、化学物質の使用を抑えた調達を積み上げていきます。象徴的なのは、農家への還元です。ある農家は2015年、Marouに840kgのカカオを売り、3,200米ドルを得ました。当時のベトナムの平均月給が500米ドルほどという文脈のなかで、手間のかかる高品質な製法に応じた農家に、高値と透明な評価で報いる。この関係づくりが、品質の土台になっています。
ポイント:加工の「川下」を自分で取ると、付加価値が残る
原料をそのまま輸出すると、利益の大半は加工・ブランド化を担う海外企業に流れます。Marouは産地で板チョコまで仕上げることで、その付加価値を自分たちの側に残しました。農家に還元する原資も、ここから生まれます。「どこまで自社で加工するか」は、一次産品ビジネスの利益構造を左右する決定的な問いです。
産地ごとの個性を、そのまま商品にする
Marouの製品戦略は「産地の違いを隠さず、むしろ売りにする」ことに尽きます。省ごとにカカオの含有率を変えた板チョコを、産地名を冠したシングルオリジンとして展開する。ティエンザン、ベンチェといった地名が、そのままブランドの個性になりました。
評価は早くから付いてきました。2011年創業のわずか2年後、2013年にはロンドンの Academy of Chocolate Awards で、パッケージ部門の金賞と、ダークチョコレート部門の銀賞を同時に獲得。2016年にはニューヨーク・タイムズに大きく取り上げられ、ベトナム発のクラフトチョコが本場の評価軸で認められていきます。ホーチミンのデザイン会社 Rice Creative が手がけた、職人による手刷りの金彩シルクスクリーンの包装紙も、「額に入れて飾りたい」と評されるほどの完成度でした。
安売りしない——「Made in Vietnam」を強みに変える
Marouの価格戦略は明確です。板チョコ1枚が10万ドン前後。一般的なチョコが4〜6万ドンですから、かなり強気の値付けです。マルタ氏はこの戦略を、こう言い切っています。「ベトナムは安物を作る場所だと見られている。だから我々は、あえてニッチで高級な路線を選んだ」。
安さで勝負しない。むしろ「Made in Vietnam」を誇りとして前面に出し、原産国で丁寧に作ることの価値を訴える。この構えが、価格競争から抜け出す道になりました。安く輸出されるだけだった原料を、産地で価値化して世界へ届ける——うまみ企画が珈琲で挑んでいるのも、同じ発想です。
体験を売る店と、次の成長へ
2016年、Marouはホーチミン1区のカルメット通りに、体験型の旗艦店「Maison Marou」を開きます。カフェとパティスリー、そしてガラス張りのチョコ工房を一体にした空間で、製造の過程そのものを見せる店です。板チョコを棚に並べるだけでなく、「作っている場所」を体験として売る。この頃から、輸出75%・国内25%だった売上構成は逆転し、2020年には国内が85%を占めるまでにベトナム国内市場が育ちました。
2021年には、ベトナムの投資ファンド Mekong Capital が新ファンドの第1号投資先として出資(金額は非開示)。Mekong Capital によれば、店舗網は出資時の3店舗から現在の国内23店舗へと広がりました。2026年にはシンガポール・チャンギ空港に、初の海外拠点となる期間限定のポップアップも出しています。
逆風のなかで残ったもの——創業者の死とビジョン
順風だけの物語ではありません。2021年1月、共同創業者のマルタ氏が46歳で急逝します。同時期にはコロナ禍もブランドを直撃しました。それでも事業は揺らぎませんでした。ムル氏は、その理由をこう説明しています。前年の2020年に将来のビジョンを描き、出資という後ろ盾も確保していた。だから2021年に相棒を失っても、進むべき方向と支えがあったから力強く進めた、と。熱量ではなく、目指す姿と体制に落とし込んでいたことが、最大の逆風で効いたのです。
Marouから、日本企業が持ち帰れること

Marouの一手を一言で言えば、垂直統合です。原料を「輸出して終わり」にせず、加工の川下まで握ったからこそ、付加価値も、農家へ還元する原資も、自分たちの側に残りました。そこに「産地の個性を隠さず売る」「安さで勝負しない」が重なって、はじめて高級品として成立します。均質さではなく固有性が、コモディティを指名買いされるブランドに変えるのです。
持ち帰るなら、最初の一歩はこうです。自社が扱う品目について、焙煎・乾燥・パッケージといった工程のうち「どこまで自前化すれば価値が跳ねるか」を一枚に書き出す。そこから、いきなり設備投資をするのではなく、小ロットの試作で品質と反応を確かめる。うまみ企画は、珈琲・農作物の現地直結取引(UMAMI ORIGIN)を通じて、この「どこまで価値化するか」の見極めを、サンプルの小ロットから一緒に考えています。
よくある質問
Marouの成功の本質は、どこにありますか?
「輸出用の安い原料」でしかなかったベトナム産カカオを、産地で加工して世界の高級品に引き上げた点です。加工の付加価値を自分たちの側に残し、産地の個性をブランド化し、安売りしない道を選んだ。この3つが噛み合っています。
ベトナムの一次産品で、同じような事業はつくれますか?
珈琲、カシューナッツ、ドライフルーツ、スパイスなど、ベトナムには「原料のまま安く出ている」産品が数多くあります。どこまで現地で加工し、どう価値づけて届けるかを設計すれば、Marouと同じ構造の事業を組み立てる余地は十分にあります。まずは小ロットで試すのが現実的です。
小さく試すには、どこから始めればよいですか?
Marouも台所の試作から始まりました。いきなり大きな設備投資をせず、現地の原料を少量調達して品質と反応を確かめるところからです。うまみ企画では、珈琲・農作物の小ロットサンプルから現地直送で試せる体制を整えています。
その商品の価値、お客様に伝わっていますか?
「いい商品なのに売れない」——その原因の整理からお手伝いしています。食品の現場を知る私たちが、御社の売り方を一緒に見直します。まずは現状を聞かせてください。
