ベトナムのコーヒー&カフェチェーン|ロブスタ大国のチェーン戦争

屋台のグラスの底に加糖練乳がとろりと溜まり、その上へ金属フィルター(phin)からロブスタが一滴ずつ落ちていきます。氷を放り込めば、外国人が「ベトナムコーヒー」と聞いて思い浮かべる練乳アイス、cà phê sữa đá のできあがりです。ベトナムはブラジルに次ぐ世界第2位のコーヒー生産国であり、ロブスタ種にかぎれば世界産出の4割超を1国で握ります(出典: VOV)。街には家庭経営の喫茶を含めて2025年に50万店を超えるカフェがひしめき、豆の輸出額は同年に過去最高を更新しました(出典: Global Coffee Report)。
ところが、この巨大な国内市場でチェーン各社の明暗はくっきり分かれています。半年で店舗を1.5倍に増やす新興がいる一方、かつての優等生が3分の1の店を閉じて身売りしました。スターバックスは進出12年で、東南アジアでも人口あたり最少級の店舗数にとどまっています。この記事では、進出や原料調達を検討する日本のビジネス層に向けて、ベトナムのコーヒー産業の全体像、主要チェーンの顔ぶれ、独特の飲み方、そして日本との意外に濃い接点までを、現地の数字と時点を明示しながら整理します。当社はホーチミンでベトナムコーヒーの専門メディアを運営し、原料調達も手がけているため、この分野は最も土地勘のあるテーマでもあります。
世界2位の生産国が抱える、国内50万店のカフェ経済

まず産業の骨格から確認します。ベトナムはロブスタの世界最大生産国で、コーヒー全体でも生産量はブラジルに次ぐ2位(出典: VOV)。米農務省(USDA)の見立てでは、2024/25作物年の総生産は約2,900万袋(60kg換算)、その95%前後がロブスタで占められます(出典: Daily Coffee News, USDA GAIN)。輸出額は暦年ベースの報道で約89〜90億USD、作物年2024/25は約84億USDで、いずれも過去最高を更新しました。暦年と作物年で区切りは違いますが、両者は近い水準にあります。中部高原のダクラク省、なかでも省都バンメトートが「ロブスタの首都」と呼ばれ、全国産出の3割超を単一の省で生みます。
国内消費も分厚いです。街のパパママ喫茶まで含めたカフェ総数は、2023年の約31万店から2025年には50万店超へ膨らみました(出典: B-Company/Q&Me)。そのうちチェーン店網に絞っても、2019年の816店から2025年には2,067店へと倍以上に伸びました。ホーチミンだけで891店(2019年は456店)を数え、都市部の一等地はカフェの出店競争の主戦場になっています。利用実態の調査では回答者の約40%が「仕事目的で来店する」と答えており、ベトナムのカフェは事実上のコワーキング空間として機能しています(出典: B-Company/Q&Me)。
数字を読むときの注意
店舗数は集計主体と時点で大きくブレます。市場が急拡大・急縮小の最中にあるためで、同じ2025年でもHighlandsは約750〜928店、Starbucksは127〜150店と幅があります。本記事では可能なかぎり「◯年時点で約◯◯店(出典)」の形で示すようにしています。また「店舗数が最多=最大手」ではない点にも注意が要ります。数のうえで国内最多は超低価格FCのMilanoですが、売上や認知度ではHighlandsやPhúc Longが上に立ちます。
主要チェーンを1社ずつ読む
ベトナムのカフェチェーンは、外資が刺さらずローカルが強すぎる市場として知られています。顔ぶれを1社ずつ見ていきます。
Highlands Coffee――国民的中価格チェーンの首位
国内最大手は Highlands Coffee。2025年時点で約750〜928店(B-Company集計は855店)を展開します(出典: B-Company/Q&Me)。意外なことに資本はフィリピンの外食大手 Jollibee 系で、「ベトナム最大のカフェ」の親会社は実はフィリピン企業です。モールや一等地の大型店で cà phê sữa đá を看板に据え、2025年5月の消費者調査では承認率65%で1位に立ちました(出典: Q&Me/QSR Media)。
Phúc Long――お茶屋からMasan傘下で急拡大
もとは茶葉店だった Phúc Long は、食品・小売コングロマリットの Masan Group に買収されて姿を変えました(出典: VietnamPlus)。濃い味と高カフェインで知られ、2024年の156店から2025年には237店へと半年あまりで5割超の増店を果たしました(出典: nguoiquansat.vn)。Masanのスーパー網(WinMart等)の店内キオスク展開も伸びを支えています。
Katinat――一等地とSNSで駆け上がる新興
いま最も勢いのある新興が Katinat Saigon Kafe。2021年末の10店から2024年初めに63店、2025年には90店台へと駆け上がりました(出典: Vietnam Business Insider)。運営は日本食レストランなども持つF&Bグループ D1-Concepts。交差点の「黄金の土地」に映えるインテリアの店を構え、新商品を高速で投入して若年層を掴む戦い方が持ち味です。
Trung Nguyên/E-Coffee――製造まで抱える老舗
「ベトナムのスターバックス」と呼ばれる老舗が Trung Nguyên。旗艦の Trung Nguyên Legend Café に加え、FC業態の E-Coffee が700〜800店規模まで広がり、FC契約は1,000件を超えます(出典: VIR)。G7インスタントに代表される焙煎・パッケージ事業も強く、製造から小売まで垂直統合しているのが他社との違いです。米国・中国・アイスランドへ海外展開し、2025年には米フィラデルフィアに大型店を開きました。
The Coffee House――縮小し、鍋チェーンに身売り
栄枯盛衰を象徴するのが The Coffee House です。かつて「テック系カフェの雄」として2023年末に150店超を数えましたが、パンデミック後の収益悪化で2024年末には93店へと3分の1超を閉じました(出典: World Coffee Portal)。2024年から2025年にかけて、鍋・焼肉チェーンを運営する Golden Gate が99.98%を取得(暫定総額2,700億VND≈1,050万USD)し、傘下で再建を進めています(出典: Tuoi Tre)。急いで店舗を広げた反動がそのまま経営に跳ね返った一例です。
Starbucks――進出12年で人口あたり最少級
外資の苦戦を体現するのが Starbucks。2013年進出で、2025年6月にようやく100店、同年内に150店へ到達しました(出典: Tuoi Tre)。人口1億人規模の市場で、東南アジアでも人口100万人あたり約0.9店と最少級です(出典: Silverdoor)。強いローカル文化と割高な価格帯に阻まれ、プレミアムと立地のニッチに収まっています。撤退はせず定着している点が、逆にこの市場の難しさを物語っています。
Milano・Guta・Passio――数で支える格安FC群
店舗数だけなら国内最多は Milano Coffee で、約2,000店とされます。ただし路面キオスク中心の超低価格FCで、単価やブランド力は上位チェーンと別次元です。Guta Café(96店)、Passio(88店)も低価格・テイクアウト業態で、バイク移動の合間に飲む「安い日常コーヒー」を担う層にあたります(出典: B-Company/Q&Me)。数と規模(売上・認知)は分けて捉える必要があります。
| チェーン | 店舗数(時点) | 資本・系列 | ポジション |
|---|---|---|---|
| Highlands Coffee | 約750〜928店(2025) | Jollibee(比)系 | 最大手・中価格 |
| Phúc Long | 約237店(2025) | Masan傘下 | 茶&コーヒー・急拡大 |
| Katinat | 約90店台(2025) | D1-Concepts | 新興・急伸 |
| Trung Nguyên E-Coffee | 約700〜800店(FC) | ローカル老舗 | 製造統合・国民ブランド |
| The Coffee House | 約93店(2024末) | Golden Gate(買収) | 縮小・再建中 |
| Starbucks | 127→150店(2025) | 米・外資 | プレミアム・ニッチ |
| Milano Coffee | 約2,000店 | ローカル格安FC | 数は最多・超低価格 |
練乳・卵・塩――ベトナム式の飲み方はなぜロブスタなのか
ベトナムの飲み方が独特なのは、豆がロブスタ主体だからです。ロブスタはアラビカより苦味が強く、カフェインが多く、ボディが重いです。この濃さを phin でゆっくり抽出し、加糖練乳で甘くまとめるのがベトナム式で、日本の喫茶店が使うアラビカでは同じ味は出ません(出典: Feastio)。定番の cà phê sữa đá を軸に、地域ごとの派生が豊かに広がっています。
- egg coffee(cà phê trứng):卵黄と練乳を泡立てた「飲むティラミス」。1940年代ハノイのホテルバリスタが牛乳不足の代替として考案したハノイ名物(出典: Feastio)。
- coconut coffee(cà phê cốt dừa):ロブスタにココナッツミルクを合わせたスラッシュ。レトロカフェ Cộng Cà Phê が大衆化した。
- salt coffee(cà phê muối):練乳に塩クリームを重ねる一杯。2010年フエの小店が発祥で、2023〜24年にTikTok経由で世界的にバズった(出典: CNN)。
- phin:1杯用の金属ドリップ器。ゆっくり滴下してロブスタの濃さを引き出す、ベトナム式の象徴。
塩コーヒーやココナッツコーヒーがSNS経由で世界に逆輸出されたように、ベトナム発のドリンクは国境を越えて広がりつつあります。日本の飲食が現地の味を取り入れるうえでも、この派生の豊かさは見逃せません。
2025年の「チェーン戦争」で起きていること
いま市場を動かしているのは、二極化の力学です。ベトナム紙が「肥大する者、痩せ細る者」と見出しを立てたとおり、Phúc Long と Katinat が膨張する一方で The Coffee House が萎縮しました(出典: nguoiquansat.vn)。立地・商品投入スピード・SNSで攻める新興が、既存の有力勢に肉薄している構図です。
価格面でも分かれ道が生じています。2024年にベトナムコーヒーの輸出価格は10か月で約92%高騰し、原価が急速に膨らみました(出典: Drip Viet Coffee)。その圧力を受けて、格安FCと中価格チェーンの二極化が進みます。同時にメニューは茶・フルーツ飲料・抹茶フュージョンへと広がり、「コーヒー専門」から「ドリンク総合」へと軸足を移す動きも目立ちます。利用客の4割が仕事目的という実態を踏まえ、アプリ会員やロイヤルティ連動でワークスペース需要を囲い込む競争も熱を帯びています。
日本とベトナムコーヒーは、すでに深くつながっている

ベトナムのコーヒーは、日本人にとって遠い国の話ではありません。日本の生豆輸入で、ベトナムはブラジルに次ぐ第2位の供給国です。財務省貿易統計をもとにした集計では、2024暦年でおよそ10万トン、シェアにして25〜28%前後を占めます(財務省貿易統計、2024暦年)。個別のトン数は近似値ですが、順位と規模感は複数ソースで整合します。ここで混同しやすいのが「順位の向き」です。日本から見ればベトナムは対日供給の第2位ですが、ベトナムから見れば日本は輸出先の第4位前後にあたります。同じ二国間でも、どちらを基準にするかで数字が変わります。
企業の動きも具体的です。UCC上島珈琲はベトナムで再生農業のパイロットを進め、2023/24クロップから現地Tam Ba農園のロブスタを規格買付する取り組みを公表しています(出典: UCC)。丸紅は2019年にIguacuVietnamを設立し、2022年からベトナムでインスタントコーヒーの製造・販売を始めました(出典: Nikkei)。日系大手が現地を「調達先」であると同時に「作る拠点」として位置づけています。日本の缶コーヒーやインスタントの「濃さ」の相当部分は、こうしたベトナム産ロブスタが支えています。
原料調達という切り口から見ると
ベトナムのロブスタは、インスタント・缶コーヒー・ブレンドのコクとコスト調整に向きます。当社もホーチミンを拠点にベトナムコーヒーの原料調達を手がけており、産地のダクラク周辺と日本市場の両方に足場を置いています。ダクラク産ロブスタを、焙煎度やスクリーンサイズを指定してインスタント・ブレンド原料として引く相談が中心です。進出だけでなく調達の観点でも、ベトナムは検討に値する市場です。小売の全体像やフードデリバリー事情とあわせて捉えると、現地の飲食・食品ビジネスの輪郭がつかみやすくなります。
ベトナムへの進出や現地パートナー探しを本格的に検討する段階であれば、当社のベトナム進出支援(BRIDGE)で、産業構造や調達ルートの整理からご一緒できます。
その商品の価値、お客様に伝わっていますか?
「いい商品なのに売れない」——その原因の整理からお手伝いしています。食品の現場を知る私たちが、御社の売り方を一緒に見直します。まずは現状を聞かせてください。
まとめ:ローカルが強い市場を、産業と文化の両面で読む
ベトナムは世界2位のコーヒー生産国でありながら、国内のカフェ市場はローカルブランドが圧倒的に強いです。首位のHighlandsはフィリピン資本、急拡大のPhúc LongはMasan傘下、新興のKatinatが一等地とSNSで攻め、かつての優等生The Coffee HouseはGolden Gate傘下で再建に入りました。外資のStarbucksは進出12年でも人口あたり最少級にとどまっています。飲み方は練乳アイスを軸に卵・ココナッツ・塩へと派生し、その多くがロブスタ主体という産地事情から生まれています。
日本にとっても、ベトナムは生豆供給の第2位であり、UCCや丸紅が現地に踏み込む調達・製造の舞台です。産業・文化・日本との接点を重ねて見ると、この市場は「進出の難所」であると同時に「調達の要所」でもあります。数字を時点付きで読み、数と規模を混同しないことが、判断を誤らないための第一歩になります。より具体的な検討に進みたい場合は、無料診断から相談してください。
また、旅行や出張で現地を実際に使うときの手順は、ベトナム旅行メディアの記事「ホーチミンでエッグコーヒーが飲めるおすすめカフェ」も参考になります。
よくある質問
Q. ベトナムコーヒーは日本の喫茶店と何が違いますか?
豆がロブスタ主体である点が最大の違いです。アラビカ中心の日本の喫茶と比べて濃く苦く、カフェインも多く含みます。その濃さを phin(1杯用の金属ドリップ器)でゆっくり抽出し、加糖練乳で甘くまとめて飲むのがベトナム式です。定番は練乳アイスの cà phê sữa đá です。
Q. スターバックスはベトナムで流行っていますか?
存在はしますが、規模は控えめです。2013年進出で2025年にようやく150店に到達した程度で、人口100万人あたり約0.9店と東南アジアでも最少級です(出典: Silverdoor)。強いローカル文化と割高な価格帯に阻まれ、プレミアムと立地のニッチにとどまっています。ただし撤退はせず定着しています。
Q. ベトナム最大のカフェチェーンはどこですか?
売上・認知の面では Highlands Coffee が最大手で、2025年時点で約750〜928店を展開します(出典: B-Company/Q&Me)。ただし店舗数だけなら超低価格FCの Milano が約2,000店で国内最多です。数のうえでの最多と、規模・ブランド力での最大手は別物である点に注意してください。
Q. 日本はベトナムからどれくらいコーヒーを輸入していますか?
日本の生豆輸入でベトナムはブラジルに次ぐ第2位で、2024暦年でおよそ10万トン、シェア25〜28%前後を占めます(財務省貿易統計、2024暦年)。用途は圧倒的にロブスタで、インスタント・缶コーヒー・ブレンドのコクとコスト調整に使われています。UCCや丸紅など日系大手が現地で調達・製造に踏み込んでいます。
