ベトナムのEV・電動バイクはVinFastの主戦場|バイク大国の転換

ベトナムのEV・電動バイクはVinFastの主戦場|バイク大国の転換の要点を整理した図

ホーチミンの街を埋めるバイクの洪水は去年と変わらないのに、その中身が急速に入れ替わっています。国産EVメーカーVinFastの小型車がタクシー列に並び、緑のヘルメットをかぶった配車Xanh SMの電動バイクが配達に走り回る。エンジンの唸りに無音の発進が混じり始めた交差点は、ベトナムが世界でも稀なスピードで進む電動化の実験場になっていることを映しています。

二輪は全土で約7,700万台。人口1億人に対してほぼ1人1台という、まぎれもないバイク大国です。その巨大な足元を、どうやってガソリンから電気へ入れ替えるのか。国産EVメーカーVinFastの急伸、日系ホンダの守勢、二転三転する規制。ここには進出を考える日本企業にとって、教科書のように詰まった論点があります。当社はホーチミンから、この産業の力学を整理してみます。

目次

バイク7,700万台の国が、なぜEVへ急ぐのか

ベトナムのEV・電動バイクはVinFastの主戦場|バイク大国の転換で押さえる3つの視点

二輪保有の内訳を見ると、ハノイに約700万台、ホーチミン市に約850万台がひしめきます。年間の新車販売は約350万台で、東南アジア第2位のバイク市場。うち電動が占める割合は約12%と、まだ入口の段階です(Reuters/Yahoo Finance集計)。通勤も物流も家族の送迎も、生活のほぼすべてがこの二輪の上に乗っています。

これほどガソリン車が根を張った国が電動化を急ぐ理由は、空気です。複数報道が伝える推計で、大気汚染に関連する死者は年間約7万人とされます。ハノイとホーチミンは乾季にPM2.5が深刻な水準まで悪化します。国はこの汚染をEVシフト政策の主動機に据え、報道によれば、2030年までに乗用車の3分の1・バイクの5分の1超をEV化、2040年までにガソリンバイクの製造・輸入を停止、2050年までに道路輸送を100%電動化するという長期目標を掲げました。あわせて電動バイク購入に120〜200米ドル規模の補助、2030年まで登録料とナンバープレート料を無料にする優遇も伝えられています。

政策が発表されると数字はすぐ動きました。報道では、2025年1〜8月で小型の電動バイク販売は前年比プラス89%、フルサイズはプラス197%とされます。補助と無料化が背中を押した格好です。ベトナムの消費者は、条件が整えば驚くほど素早く新しい選択肢へ乗り換えます。

「ハノイでガソリンバイク全面禁止」は正確ではない

ここで、日本のニュースでも見出しになった「ハノイのガソリンバイク禁止」を丁寧にほどいておきます。結論から言うと、当初報じられた形のまま施行されたわけではありません。

2025年半ばに発表された当初計画は、2026年7月1日からハノイ環状1号線(Ring Road 1)の内側でガソリンバイクとモペットを禁止するという野心的なものでした。ところがホンダなど日系メーカーと日本政府が、雇用とサプライチェーンへの打撃を理由に強く反対。計画は段階的に縮小されていきます。2026年4月時点では「週末のみ」の限定案に後退し、5月時点ではハノイ中心部の11本の通り・約0.5平方キロメートルだけを対象とし、金曜夜と週末の一部にしか適用されない低排出ゾーン(LEZ)へ縮小されました。当初の全面禁止案は見送られ、この縮小版パイロットが2026年7月1日に始まっています(Yahoo News)。

外資バイクメーカー協会は、全面禁止が「約2,000のディーラー、約200の部品サプライヤー、数十万人の雇用」に波及すると警告しました。日本政府も移行期間を求め、日本の首相のハノイ訪問前に規制内容が見直されたと伝えられています(Japan Times)。政策の理想と産業の現実がせめぎ合った、生きた事例です。

進出企業への教訓:ヘッドラインを鵜呑みにしない

ベトナムのEV政策には「トップダウンで野心的に発表し、産業界の反発を受けて現実的に調整する」というパターンがあります。「◯年に全面禁止」という見出しだけを見て事業計画を立てると、実際の施行細則・対象エリア・移行期間とのズレに足をすくわれます。規制の帰趨を追うときは、発表時の理想値ではなく、施行段階でどこまで縮小・延期されたかを一次情報で確認する。ハノイの一件は、その原則を思い出させてくれます。

四輪EVはVinFastの独走、トヨタの倍のシェア

四輪に目を移すと、主役は国産EV専業のVinFast(Vingroup傘下)です。VinFastの発表によれば、2025年通年のベトナム国内販売は175,099台。前年の約87,000台から倍増しました(TechNode)。第三者集計のBest Selling Cars Blogは、この結果を乗用車市場シェア約29%と算出しています。トヨタの約12%の倍以上で、15カ月連続の国内ブランド首位。11月・12月にはシェアが34%台まで伸びました。販売台数はVinFast自社報告、シェアは第三者集計と、出所が異なる点は押さえておきたいところです。

売れ筋は超小型シティカーのVF3を筆頭に、VF5、VF6と続き、通年でトップ4車種をVinFastが独占しました。1台100万円前後で買える小型EVが、これから四輪が普及していく市場の入口を押さえている構図です。ベトナムの自動車保有率は2025年推計で約9%と低く、「これから車が普及する国の、その入口がいきなりEV寄り」という珍しい構造になっています。新車販売に占めるBEV比率は約26%と東南アジア最高で、タイやインドネシアを上回ります(B-Company)。ただしこの高さは、実質的にVinFast一社が牽引した数字だという点は忘れられません。

四輪乗用車 ブランド別シェア2025年通年シェア特徴
VinFast(国産EV専業)約29%15カ月連続首位・トップ4車種を独占
トヨタ約12%VinFastの半分以下に後退
BYD(中国・輸入)ごく僅か2024年参入も苦戦が続く
出典:Best Selling Cars Blog「Vietnam Full Year 2025」、TechNode、ChinaEVHome(2026年時点)。シェアは第三者集計、台数はVinFast自社報告。

ただしVinFastの内実は華やかではありません。2025年第2四半期は売上を約6.63億ドル(前年同期比プラス91.6%)まで伸ばす一方、同じ四半期に約8.12億ドルの純損失を計上しています(The Investor)。設立以来、Vingroupと創業者ファム・ニャット・ヴオン氏から累計で約170億ドル規模の資本が注ぎ込まれ、創業者はさらに私財を投じて2026年末の黒字化を目標に掲げました。中国のBYDも2024年に参入しましたが、2026年2月時点の累計デリバリーは5,000台超で、VinFastの背中は遠いままです。進出企業にとって、ベトナムの四輪EV市場は「実質VinFast市場」であり、その一社依存の脆さを前提に置く必要があります。

電動バイクは地場勢が7割、ホンダは出遅れた王者

二輪の電動化でも、主導権を握るのは地場メーカーです。調査会社のデータでは、国産勢が電動バイク市場の約70%を占め、その中心にVinFastがいます。VinFastは2025年に全種計406,453台を売り、シェア43%超で首位(前年比プラス473%)とされます。2位は地場のPegaが約16%、中国系のDibaoが約12%、中国のYadea(ヤディア)が約8.6%と続きます(各種調査会社の推計)。四輪の175,099台と二輪の406,453台は桁が近く取り違えやすいので、四輪と二輪はきちんと分けて読む必要があります。

電動バイク ブランド別シェア推計シェアタイプ
VinFast43%超国産・2025年に約406,453台販売
Pega約16%地場メーカー
Dibao約12%中国系
Yadea(ヤディア)約8.6%中国・成長率が高い
出典:各種調査会社の推計(2025年)。VinFast以外は正式な販売台数を開示しておらず、いずれも推計値。

スタートアップの動きも見逃せません。ハイパフォーマンス電動バイクのDat Bikeは、2025年10月のシリーズBなどで累計約5,100万ドルを調達し、ホンダ・ヤマハに正面から挑んでいます。物流向けに強いSelex Motorsは、充電せずに電池パックごと交換する「バッテリーATM」方式が武器。51カ所のスワップステーションを持ち、Lazada・Viettel Post・DHL・Grabの配達バイクへ車両を供給しています。ホーチミン市は1,000カ所のスワップ設置を検討中です。

では日系はどこにいるのか。ホンダはガソリンバイクで約80%のシェアを握る絶対王者で、2024年4月〜2025年3月に230万台を国内販売、30万台を輸出しました。ところが電動化への対応は遅く、電動バイク(EM1 e:など)の販売を2025年にようやく始めたばかりだと自認しています(Reuters/Yahoo Finance)。守りに強いガソリンの牙城を持つがゆえに、電動へ舵を切る決断が遅れた。ここに地場VinFastが割り込んだ、というのが今の勢力図です。

充電か、電池交換か。インフラで分かれる二つの流派

EVの普及はインフラで決まります。ベトナムでは二つの流派が並走しています。一つはVinFast系のV-Greenによる充電網。創業者ヴオン氏が個人で設立し、2025年3月時点で全国15万カ所超の充電ポイントを整備したと発表しました。ただしこれは基本的にVinFast専用のクローズド網で、誰でも使えるオープンな公共充電網ではない点に注意が必要です。Fast+社とのフランチャイズで5,000カ所を展開し、再エネと蓄電池で運用する方針も打ち出しています。

もう一つがSelexに代表される電池交換式です。充電待ちをゼロにして稼働率を優先する商用向けの発想で、配達・ラストマイル物流と相性が良い。配車最大手のGrabも黙ってはおらず、EBOOSTなどと組んで2028年までにベトナムの充電網を15倍に拡大する計画を掲げました(Nikkei Asia)。充電網を握る者が次の主導権を握る、という読みでプレイヤーが動いています。日本の電子産業の動きはベトナムの家電・電子産業の記事でも触れています。

配車のXanh SMは、指標しだいで首位が入れ替わる

この電動化の物語は、配車アプリの勢力図とも直結しています。ヴオン氏が2023年初に設立した緑のEVタクシーXanh SM(GSM)は、VinFast製のEV約2万台と電動バイク約6万台で走り、街の景色を塗り替えました。Mordor Intelligenceの集計では、2025年第4四半期に四輪配車の取扱高(GMV)ベースで51.5%となり、Grab(42.6%)を逆転して首位に立ったとされます。

ただし「首位」の読み方には注意が要ります。同じ市場でも、利用率(usage)ベースで測るとGrabが都市部で55%と首位、Xanh SMは32%で2位という別の順位が出てきます。取扱高で見るか利用回数で見るかで、勝者が入れ替わる。「Xanh SMが過半」という数字を扱うときは、必ずどの指標かを添える必要があります。配車市場の三つ巴についてはベトナムの配車アプリ市場の記事で詳しく整理しました。決済まわりの前提はベトナムのキャッシュレス決済の記事もあわせてご覧ください。

日本企業はこの地殻変動をどう読むか

日本目線でこの市場を眺めると、二つの顔が見えます。一つは守るべき牙城。ホンダ・ヤマハ・スズキはガソリンバイクで圧倒的なシェアを持ち、部品を供給するサプライヤーは約200社規模で現地に根を張っています。もう一つは崩れかけた前提です。電動化の局面では地場VinFastに先を越され、ガソリン二輪の部品サプライヤーはビジネスモデルの転換を迫られています。

商機はどこにあるか

ガソリン部品の需要が細る一方で、バッテリー、充電器、モーター、BMS(バッテリー管理システム)といった新領域は、日本の部品・素材メーカーにとって開けた市場です。ただし中国勢は動きが速く、BYDはベトナムのKim Long Motorと1.3億ドルのEVバッテリー工場を中部に共同建設する提携を結び、現地生産で先行しています。守りの牙城を維持しながら、新領域でどう攻めるか。判断のスピードそのものが競争力になる局面です。

当社はホーチミンを拠点に、こうした産業の力学を現地の肌感覚で追っています。市場の数字は指標や集計元で表情を変えるため、政策の見出しや自社発表をそのまま鵜呑みにせず、一次情報で裏を取る。その積み重ねが、進出判断の精度を左右します。

その商品の価値、お客様に伝わっていますか?

「いい商品なのに売れない」——その原因の整理からお手伝いしています。食品の現場を知る私たちが、御社の売り方を一緒に見直します。まずは現状を聞かせてください。

まとめ

ベトナムのEV・電動バイクはVinFastの主戦場|バイク大国の転換を実務に落とす3つのステップ

バイク大国ベトナムは、大気汚染を主動機に、世界でも稀なスピードでEVへ舵を切っています。四輪は国産VinFastがシェア約29%で独走し、電動バイクでも43%超で首位に立ちました。一方で当のVinFastは大赤字を創業者の資本注入で支える一社依存の構造を抱え、日系ホンダはガソリンの王者でありながら電動で出遅れました。

そして「ハノイでガソリンバイク全面禁止」という見出しが、実際には11本の通り・週末限定へ縮小された経緯が示すように、この国の政策は野心的に発表され、産業界との綱引きで現実的に調整されます。数字も政策も、出所と時点と指標を確かめてから読む。ベトナムのEV市場に向き合う日本企業に、当社がまずお伝えしたいのはこの一点です。ベトナム進出の全体像はベトナム進出支援のご案内で、個別のご相談は無料診断で承っています。

また、旅行や出張で現地を実際に使うときの手順は、ベトナム旅行メディアの記事「ベトナムで広がるEVタクシーXanh SM」も参考になります。

よくある質問

ハノイのガソリンバイクは本当に禁止されたのですか?

当初は2026年7月から環状1号線の内側で禁止する計画でしたが、日系メーカーと日本政府の反対で大幅に縮小されました。全面禁止案は見送られ、実際に2026年7月1日に始まったのは、ハノイ中心部の11本の通り・約0.5平方キロメートルを対象に、金曜夜と週末の一部だけ適用される低排出ゾーンの縮小版パイロットです。「全面禁止」という表現は正確ではなく、施行状況は流動的です。最新の対象エリアと時期は一次情報で確認することをおすすめします。

VinFastはそんなに強いのに、なぜ赤字なのですか?

国内シェアは四輪約29%・電動バイク43%超と圧倒的ですが、EV専業として研究開発や設備、海外展開に巨額の先行投資を続けているためです。2025年第2四半期だけで約8.12億ドルの純損失を計上し、これまでにVingroupと創業者から約170億ドル規模の資本が注入されています。創業者は2026年末の黒字化を目標に掲げていますが、達成できるかは未知数です。

ベトナムの充電インフラは整っていますか?

VinFast系のV-Greenが全国15万カ所超の充電ポイントを整備したと発表していますが、これは基本的にVinFast専用のクローズド網で、公共のオープン網ではありません。商用向けにはSelexの電池交換ステーションが51カ所あり、GrabもEBOOSTなどと組んで2028年までに充電網を15倍に拡大する計画です。充電網の主導権をめぐる競争が、これから本格化する段階といえます。

日本企業にとって、どこに商機がありますか?

ガソリン二輪の部品需要は先細りが避けられませんが、バッテリー、充電器、モーター、BMSといった電動化の新領域は、日本の部品・素材メーカーにとって開けた市場です。ただし中国勢は現地生産で先行しており、スピードが問われます。市場の数字や政策は集計元・時点・指標で表情が変わるため、一次情報の裏取りを前提に判断することが、進出の成否を分けます。

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この記事を書いた人

小島 怜のアバター 小島 怜 うまみ企画 CEO

株式会社Agriture CEO/乾燥野菜やドライフルーツを中心とした受託加工・OEM事業。京都府内の農家と連携し、規格外野菜の活用や6次産業化支援を通じて、「持続可能な食の流通」を追求している。製造現場での豊富な実体験を活かし、商品企画から試作、小ロット対応、パッケージ設計、販路開拓支援まで、OEMを検討するすべての事業者に伴走するサポートを提供。

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