1個15円で失敗、7円で国民食に|エースコックがベトナムで勝った理由

ベトナムで「ハオハオ(Hảo Hảo)」という袋麺を知らない人は、まずいません。同社によれば、国内で食べられる即席麺のうち、ハオハオという一つの商品だけで4食に1食を占めるといいます。ところが現地では、この商品が日本の会社の製品だと気づいていない人も少なくありません。それほど深く、ベトナムの食卓に溶け込んでいます。生卵や青菜、ライムを足して好みに仕上げる——そんな日常の一皿です。作っているのは、大阪発の即席麺メーカー、エースコックです。
いまでこそシェア4割の王者ですが、そのスタートは「失敗」でした。最初に投入した商品は、高すぎて売れなかったのです。この失敗から国民食への逆転劇には、日系企業がベトナム市場で犯しやすい過ちと、その正解が凝縮されています。日本企業の進出を現地で支えるうまみ企画の目線で、一次情報をもとに読み解きます。
エースコックとは——シェア4割、ベトナム即席麺の王者

エースコックがベトナムに進出したのは1993年。国営企業VIFON社、そして丸紅との合弁でスタートしました。1995年に製造・販売を開始し、2000年発売の「ハオハオ」を主力に成長。現在はベトナムの即席麺市場でシェア約4割を握る首位企業で、全国およそ16万店の流通網を持ち、40カ国以上へ輸出しています。「消費者も流通も、ベトナムの会社だと思っている」といわれるほど、徹底して現地に根を張った日系企業です。
1個15円の失敗——「良い商品」が売れなかった理由
進出当時のベトナムの即席麺は、まだ国営メーカーが中心で、品質は高くありませんでした。フライ油の管理が悪く、食べると腹を下すような商品も出回っていた。エースコックは日本と同じ品質を目指しますが、ここで壁にぶつかります。当時のベトナムでは必要な原材料が現地調達できず、材料の大半を日本や近隣国から輸入せざるを得なかったのです。
結果、コストが跳ね上がりました。当時の社長は、こう振り返っています。「ベトナムの企業が作る即席麺は1個5円くらい。ところが当社は、1個15円からスタートせざるを得ませんでした」。品質評価は非常に高かったものの、3倍の価格では日常食になりません。ハオハオ以前のエースコック製品は、パーティーや子どものご褒美、贈答品といった「高級ブランド」の棚に押し込められ、当時のシェアは5〜7%にとどまりました。操業からおよそ5年、2000年頃まで赤字が続きます。
つまずきの本質:市場の大きさを見て、現地の財布を見ていなかった
商品そのものは良かった。それでも売れなかったのは、価格が現地の生活実感から外れていたからです。「日本で通用する品質と価格」をそのまま持ち込むと、市場の大きさとは無関係に弾かれる。ここを見誤ると、良い商品ほど「高級品」の隅に固定されてしまいます。
転機は「高級ブランドを半額で」——ハオハオ逆転の一手
転機は2000年でした。エースコックは、品質を落とさずに、輸入していた材料を現地調達品へ切り替える開発に取り組みます。現地の原料メーカーに技術支援を行い、日本からの輸入材と同等の品質を国産で実現したのです。この開発を担ったのは、すべてベトナム人スタッフでした。現地の味覚を熟知した人たちが、「市場で20%のシェアを取る」という明確な戦略商品として企画したのが、ハオハオです。
味は、ベトナムの家庭料理「カインチュア」——タマリンドの酸味と唐辛子、魚醤の旨味を合わせた、日本の味噌汁にあたる存在——を参考にした、酸っぱ辛いエビ味が代表格になりました。価格は1個7円。他社より少し高いものの、これは自社の従来の高級ブランド(15円)の、ちょうど半額です。エースコックはここを突いて、「エースコックの高級ブランドを、半額で提供します」と大々的に宣伝しました。
ブランド志向の強いベトナムの消費者が、これに殺到します。発売と同時に品切れと行列が起きました。5年をかけて先に築いた「高級ブランド」という認知が、”半額”という一言で一気に大衆の手に届くものへ転換した瞬間でした。失敗して固定されたポジションを、逆に武器として使い切ったのです。
なぜ現地化を徹底できたのか——「日本人であることを忘れる」
ハオハオの開発をベトナム人が主導できたのは、経営の構えがあってのことでした。当時の社長は、現地化の哲学をこう語っています。「ベトナムのお客様に買っていただくには、その国の文化や習慣に溶け込まなければならない。現地の企業になりきらなければならない」。そして幹部にこう宣言したといいます。「我々は日本人でもベトナム人でもなく、エースコックベトナムの社員だ。私も今日から、日本人であることを忘れます」。
言葉だけではありません。日本人出向者を減らし、現地の管理者へ権限を委譲していきました。開発も販売も、現地を知る人に任せる。この徹底が、家庭の味から逆算した商品づくりを可能にしました。加えて、フランス統治期の影響でベトナムの消費者はブランド志向が強い、という文化的な読みも効いています。「高級ブランドが半額」という訴求が刺さった背景には、この消費者心理の理解がありました。
味だけでなく「届ける仕組み」まで自前で
もう一つ、勝敗を分けたのが供給力でした。ハオハオが爆発的に売れ始めたとき、エースコックは自己資本が貯まるのを待たず、資産家から工場や設備をリースする形で生産能力を素早く広げました。他人資本を使ってでも供給を切らさず、需要の急拡大を取りこぼさない。この判断が「他社に隙を与えない」拡大につながりました。
その後も生産・流通の拡大は続きます。現在は10を超える工場と6,300人以上の従業員を抱え、年間およそ33億食を供給。全国16万店の流通網は、そのまま参入障壁になっています。2026年には南部ビンロン省で、総投資2億米ドル超・年12億食規模の新工場が稼働しました。良い商品を作るだけでなく、それを全国の棚に絶やさず届ける仕組みまで自前で育てたことが、シェア4割を支えています。
数字で見る、王者の現在地
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| ベトナムの即席麺市場 | 世界3〜4位、年間およそ81億食(2024年) |
| 1人あたり消費 | 年85〜90食前後で世界最高水準 |
| エースコックのシェア | 約4割で首位 |
| 年間供給数 | およそ33億食 |
| ハオハオ累計販売 | 2017年に200億食を突破、現在は360億食超とも |
| 輸出 | 40カ国以上(2024年の輸出は前年比約2割増) |
長期戦を勝ち抜く——「日本人はせっかちすぎる」
5年の赤字に耐え、現地に権限を委ね、供給網を築く。これらすべてに共通するのは、長期目線です。「日本人はせっかちすぎる」——当時の社長はそう言い切り、「ベトナムで仕事を続けるには忍耐が要る。慌ててはいけない」と続けています。短期の損益で判断していたら、国民食が生まれる前に撤退していたはずです。
その姿勢は今も続いています。エースコックは2025年、初販売から30年の節目に「Cook Happiness Through Innovation(革新で広がる幸せ)」という新戦略を掲げ、即席麺にとどまらず調味料やそのまま食べられる食品へと領域を広げています。イオンとはプライベートブランドを共同開発し、ベトナムを起点にASEAN市場の攻略も見据えています。
エースコックから、日本企業が持ち帰れること

- 商品は「現地の家庭の味」から逆算する。日本で売れたものをそのまま持ち込まない。ハオハオはベトナムの家庭料理カインチュアから発想されました。現地の食卓に、答えがあります。
- 価格は「現地の生活実感」に合わせる。日本での売価やコスト積み上げではなく、現地の人が日常的に払える金額から設計する。最初の失敗も、逆転のハオハオも、すべて価格の話でした。
- 「現地企業になりきる」まで権限を委ねる。現地を知る人に開発も販売も任せる。「日本人であることを忘れる」という覚悟が、本物のローカライズを生みます。
- 赤字に耐えるキャッシュ体力を、先に決めておく。エースコックは黒字化まで約5年を要しました。「何年の赤字までなら耐えられるか」=撤退ラインを進出前に数字で決めておくと、国民食が生まれる前にやめずに済みます。あわせて、味だけでなく流通網という「届ける仕組み」も自前で育てる前提を持つこと。
うまみ企画は、ホーチミンに常駐し、日本企業のベトナム進出を現地視点で伴走しています(UMAMI BRIDGE)。「現地の味と価格をどう掴むか」「どこまで現地に任せるか」——エースコックがたどった論点を、進出可否の整理の段階から一緒に考えていくのが私たちの役割です。
よくある質問
エースコックの逆転劇の、決め手は何でしたか?
輸入材料を現地調達に切り替えて価格を半分にし、先に築いていた「高級ブランド」の認知を”半額”という訴求で大衆化したことです。味は家庭料理カインチュアから逆算し、開発は現地スタッフが主導しました。価格・味・ブランド心理の3点がそろって初めて刺さりました。
日系企業でも、現地の「国民ブランド」になれますか?
ハオハオが示すとおり、可能です。鍵は、日本の商品をそのまま持ち込むのではなく、現地の家庭の味と生活実感から商品を作り直すこと。そして、開発や運営を現地の人に任せ、「現地企業になりきる」ところまで踏み込むことです。
成果が出るまで、どれくらいの覚悟が要りますか?
エースコックは進出から約5年、赤字に耐えました。当時の社長も「忍耐は必須」と語っています。短期の損益だけで判断せず、「何年の赤字まで許容するか」を撤退ラインとして進出前に決めておく——その覚悟が、国民食への分かれ道になります。
その商品の価値、お客様に伝わっていますか?
「いい商品なのに売れない」——その原因の整理からお手伝いしています。食品の現場を知る私たちが、御社の売り方を一緒に見直します。まずは現状を聞かせてください。
