補助金時代の喫茶店が3大陸100店舗へ|コンカフェが「世界観」を輸出できた理由

社会主義時代のベトナムを思わせる、色あせたプロパガンダ・ポスター。軍隊を思わせるオリーブグリーンの壁と、ホーローのカップ。そんな「懐かしさ」を売りにした一軒の喫茶店が、いまや3大陸で100店舗を超えるチェーンになっています。ベトナム発のカフェ「Cộng Cà Phê(コンカフェ)」です。
面白いのは、この店が海外へ持ち出したのがコーヒーそのものではない、という点です。彼らが輸出したのは、模倣されにくい無形の資産——「世界観」でした。現地の空気や嗜好を掴むことを生業にするうまみ企画の目線で、その勝ち筋を分解します。ブランドを海外へ持ち出すときも、逆に外から現地へ根づかせるときも、効く原則は同じです。
コンカフェとは——補助金時代を「体験」に変えた喫茶チェーン

コンカフェは2007年、ハノイのチェウ・ヴィエット・ヴオン通りに1号店を構えたカフェチェーンです。店名の「Cộng」は、ベトナムの正式国名「Cộng hòa xã hội chủ nghĩa Việt Nam(ベトナム社会主義共和国)」の頭の一語から取られています。「共同の」「分かち合う」という意味も重ねられました。
ブランドの核にあるのは、補助金時代(バオカップ、1976〜1986年頃)へのノスタルジーです。物資が配給制だった、あの質素で不便な時代のハノイ。その空気を、否定的にではなく温かい記憶として店の隅々に再現しました。ヴィンテージのポスター、共産主義時代の教科書やベトナム文学が並ぶ本棚、木製の学校机、再生スチールの家具、ホーロー杯。内装のひとつひとつが小さな物語を語るように配置されています。
創業者リン・ズンと、「記憶」から始まったブランド
創業者のリン・ズン(Linh Dung)氏は、元歌手という異色の経歴を持つ人物です。楽器の修理と販売を営む父と、本格的なベトナムコーヒーを淹れる母のもとで育った少年期の記憶が、コンカフェの原点になったと語られています。つまりこのブランドは、マーケティング調査から逆算して作られたのではなく、一人の人間の実体験から立ち上がりました。
売っているのは飲み物ではなく「世界観」
コンカフェの商品は、突き詰めると空間そのものです。もちろんコーヒーは美味しい。看板メニューのココナッツコーヒー(cà phê cốt dừa)は、ハノイの名物「チャンティエン・アイスクリーム」から発想を得たもので、ココナッツミルクのコクと珈琲のほろ苦さの組み合わせが人気を決定づけました。緑豆やコム(若い緑米)を使ったフレーバー、練乳を効かせたベトナム式のコーヒーも定番です。
ただ、来店客が本当に対価を払っているのは、あの空間で過ごす時間のほうです。ヴィンテージの内装は「写真に撮りたくなる」設計になっていて、外国人観光客や若い世代がSNSに投稿する。店舗そのものが、広告費をかけない宣伝装置として働いているわけです。
ポイント:体験を「商品」にすると、宣伝が客の手に移る
味や価格で競うと、比較され、値下げ圧力にさらされます。コンカフェは「その店でしか味わえない世界観」を中心に据えることで、比較の土俵をずらしました。しかも、その世界観を客が自発的に撮って広めてくれる。売り物を「モノ」から「体験」へ引き上げると、集客のコスト構造まで変わります。
「本物のベトナム」を、内装ごと海外へ運ぶ
コンカフェの海外1号店は、2018年7月31日、韓国ソウルの延南洞(ヨンナム洞)に開きました。若者とクリエイターが集まる街です。ここで彼らが取った方針が象徴的でした。内装も、ホーロー杯も、孔雀柄も、ハノイの店をそのまま持ち込んだのです。現地の流行に合わせて薄めるのではなく、「本物のベトナム」を丸ごと運ぶ。モダンな韓国のカフェチェーンとの対比が、かえって強い個性になりました。
この一貫性を担保したのが「人」です。韓国出店にあたって、コンカフェは運営と研修を担うベトナム人スタッフのチームを現地へ派遣しました。経験を積んだベトナム人バリスタも帯同し、味とブランド体験のブレを抑えています。マニュアルだけでは伝わらない空気を、人ごと持っていったわけです。
韓国での成功を足がかりに、展開は広がりました。マレーシア、台湾、2023年には北米初となるカナダ・トロント、フィリピン、そして2025年には欧州初のパリへ。2025年時点で、3大陸に100店舗を超えるまでになっています。韓国国内だけでも20店舗超を数えます。
変えない部分と、変える部分——どこを変え、どこを守るか
「世界観は丸ごと運ぶ」と書きましたが、コンカフェは何もかもを頑固に据え置いたわけではありません。むしろ、変えてはいけない部分と、現地に合わせてよい部分を、明確に切り分けています。
韓国の客は、ベトナム式の濃いドリップよりも、ミルク感のあるまろやかな飲み口を好む傾向があります。そこでコンカフェは、甘さの度合いや出し方を現地の嗜好に寄せました。価格も、地元の低価格チェーンより高く、スターバックスよりは手が届く帯に置き、「身近に楽しめるエキゾチックなブランド」という立ち位置を確立します。守ったのは世界観、動かしたのは味と価格と売り方。この線引きが、一貫性とローカライズという本来相反するものを両立させました。
| 要素 | 方針 | ねらい |
|---|---|---|
| 内装・世界観 | 変えない(ハノイをそのまま再現) | ブランドの芯とSNS拡散力を保つ |
| 味・甘さ | 現地の嗜好に合わせる | 日常的に通える一杯にする |
| 価格帯 | 現地の競合を見て設定 | 「手の届くプレミアム」に位置取り |
| 運営・研修 | 本国から人を派遣 | 体験のブレを人ごと移植する |
拡大の壁と、あえて「急がない」経営
順調に見える拡大にも、壁はあります。コンカフェの経営陣は、拡大局面での最大の難題を「成長しながらブランド・アイデンティティを保つこと」だと語っています。店舗が増えるほど、あの空気は薄まりやすい。だからこそ同社は、店舗数を追うより「最も卓越し革新的なコーヒーチェーンになる」ことを優先し、パートナー選びでも出店スピードより「ビジョンの一致」を重んじる、抑制の効いた拡大を選んでいます。
もう一つ、意匠の強さゆえのリスクもあります。社会主義時代のモチーフは強烈な個性である一方、政治的な受け取られ方には配慮が要ります。2013年には、広告表現をめぐって当局の調査を受けたこともありました。個性を資産にするブランドほど、その個性がどう解釈されうるかを冷静に見ておく必要がある、という教訓です。
コンカフェから、日本企業が持ち帰れること
ベトナム発のブランドが海外へ出た事例ですが、方向が逆——日本企業がベトナムへ入る場合でも、使える原則は同じです。いちばんの持ち帰りは、先ほどの表そのものです。自社の「変えない芯」を一行で言語化し、味・価格・売り方・オペレーションのどれを現地調整の枠に回すかを、あの4行の形で仕分ける。それだけで、現地化の議論が「なんとなく」から「どこを動かすか」に変わります。
コンカフェの「忍耐」が、他社と少し違う点にも触れておきます。彼らが耐えているのは赤字ではなく、「増やすほど、あの空気が薄まる」というブランド希薄化との闘いです。だから店舗数を追わず、価値観を共有できる相手としか組まない。目に見えない資産で戦う会社ほど、この自制が効きます。
そして、芯を保った現地化を最後に支えるのは、「現地の空気を、どれだけ正確に掴めるか」です。コンカフェの強さは、創業者がハノイの記憶を本当に生きていたことにありました。外から入る企業には、その現地目線をどう確保するかが課題になります。うまみ企画は、ホーチミンに常駐し、現地の嗜好やリアルな反応を掴むところから、日本企業のベトナム展開を伴走しています。
よくある質問

コンカフェの強みは、結局どこにあるのですか?
コーヒーの味以上に、「補助金時代のベトナム」という世界観を体験として設計し切ったところです。その空間が写真に撮られ、SNSで自然に拡散する。広告費に頼らずブランドが広がる仕組みを、店舗そのものに埋め込んでいます。
自社の「らしさ」を保ったまま、現地に合わせることはできますか?
できます。鍵は、変えてはいけない核(世界観・ブランドの芯)と、変えてよい部分(味・価格・売り方)をあらかじめ切り分けておくことです。コンカフェは世界観を守り、味と価格だけを韓国向けに調整することで、一貫性とローカライズを両立させました。
日本の飲食・小売ブランドがベトナムで同じことをできますか?
可能ですが、成否は「現地の空気をどれだけ掴めるか」に左右されます。コンカフェの強さは創業者の実体験に根ざしていました。外から入る場合は、その土地の生活・記憶・嗜好を現地目線で理解する体制づくりが第一歩になります。
その商品の価値、お客様に伝わっていますか?
「いい商品なのに売れない」——その原因の整理からお手伝いしています。食品の現場を知る私たちが、御社の売り方を一緒に見直します。まずは現状を聞かせてください。
