財布はスマホ一つ|MoMoが4000万人を掴んだベトナムの決済革命

ベトナムの屋台や小さな商店では、QRコードがカード端末の隣に——いや、しばしばカード端末の代わりに——貼られています。現金社会だったこの国は、クレジットカードの段階をほとんど飛ばして、一気にスマホ決済へ跳びました。その中心にいるのが、登録ユーザー4,000万人を超えるスーパーアプリ「MoMo(モモ)」です。
この記事は、これまで取り上げた「モノを作る」事例とは少し毛色が違います。MoMoは、ベトナムの内需とデジタル市場が「いま、どう動いているか」を映す鏡です。日本企業がベトナムに入るなら、この地形を読んでおくことが前提になります。ホーチミンに常駐して進出支援を手がける立場から、MoMoを通してベトナム市場の今を読み解きます。
MoMoとは——電子ウォレットから生活プラットフォームへ

MoMoを運営するのは、2007年にホーチミンで設立されたM_Service社です。2012年にモバイルマネー事業の認可を得て、2014年に電子ウォレットアプリ「MoMo」を本格提供。送金・チャージから始まり、いまでは公共料金の支払い、保険、少額ローン、投資、そして第三者のミニアプリまでを束ねる「スーパーアプリ」へと育ちました。2021年には、みずほ銀行が主導した出資で評価額20億米ドル(約3,000億円)を超えてユニコーンとなり、2024年には通期で初の黒字化を達成しています。
現金社会からの「跳躍」——カードを飛ばしてQRへ
MoMoの成長は、ベトナムという市場そのものの跳躍と重なっています。日本が「現金→カード→QR」と段階を踏んだのに対し、ベトナムはカードの普及を待たずに、現金からいきなりQR・スマホ決済へと進みました。いわゆるリープフロッグ(蛙飛び)です。QR決済はここ数年、件数が前年比で倍増する勢いで伸び、国家銀行はVietQRという共通規格を整えて、この流れを後押ししています。
進出前に押さえる点:ベトナムは「QRファースト」で考える
日本の感覚で「まずカード決済を」と設計すると、現地の実需とずれます。ベトナムの生活者にとっての標準は、スマホのQRです。決済まわりを組むなら、カードではなくQR・スマホ前提で考える。この順序の違いを知っているかどうかが、現地でのつまずきを一つ減らします。
狙いは「銀行口座を持たない層」
MoMoの戦略で見落とせないのが、ターゲットの置き方です。富裕な都市層だけでなく、銀行口座を持たない層——同社が主戦場と位置づける中低所得・地方の生活者や、零細な商店——を金融サービスに取り込むことを軸に据えています。地方のエージェント網や、屋台にも貼れるQRを通じて、これまで銀行が届かなかった人々を面で取り込む。CEOは創業の原点を「ベトナム人が外出時に必要なものは、スマホだけであるべきだ」という言葉で語っています。
決済から「スーパーアプリ」へ——どこで稼いでいるのか
MoMoの収益構造も示唆に富みます。中核の決済そのものは薄利で、高頻度に使われることに意味があります。稼ぎを生むのは、その上に乗る隣接サービス——保険や投資信託、消費者信用の販売手数料、アプリ内広告、第三者ミニアプリからのプラットフォーム手数料です。こうした付加価値サービスが、売上の4割近くを占めるまでになったとされます。決済で客を集め、金融商品で稼ぐ。この二層構造が、スーパーアプリの経済圏を支えています。
経営陣は、ブランドを単なる電子ウォレットから「AIを搭載したファイナンシャル・アシスタント」へと再定義しつつあります。掲げるのは「小さきものの力(the power of small things)」。少額・高頻度の生活決済を積み重ねることで、生活インフラの位置を築いてきました。
王者にも、壁はある
もっとも、MoMoの道も平坦ではありません。ある調査ではモバイル決済取引の約56%を握るトップとされますが、メッセージアプリZaloを基盤とするZaloPay、EC統合が強いShopeePay、銀行連携QRのVNPayなど、40を超える電子ウォレットがひしめく消耗戦のなかにいます。決済が薄利であるぶん、ユーザー獲得と維持に巨額の投資が必要で、黒字化は2024年になってようやく。規制の強化やセキュリティ、詐欺対策のコストも重くのしかかります。生活インフラの座は、守り続けることのほうが難しいのかもしれません。
MoMoから、日本企業が読み取れること
MoMoは、日本企業が直接まねる対象というより、ベトナム市場の地形を教えてくれる存在です。読み取れることを整理すると、こうなります。第一に、決済は「QRファースト」で設計する。第二に、ボリュームゾーンは都市富裕層ではなく、銀行口座を持たない生活者にある。第三に、自前で決済インフラを作るより、MoMoのような既存の決済網に「乗る」ほうが、多くの日本企業にとって現実的だということです。4,000万人が日々使うプラットフォームは、消費財や観光、ECの送客・決済チャネルにもなり得ます。
市場の地形を読み違えたまま入ると、良い商品でも届きません。うまみ企画は、ホーチミンに常駐し、こうした内需・決済・生活動線の「今」を踏まえて、日本企業のベトナム進出を伴走しています。進出の可否を整理する段階から、現地の地形をご一緒に確認していきます。
よくある質問

なぜベトナムでスマホ決済がここまで普及したのですか?
クレジットカードが広く普及する前に、若い人口とスマホの普及が進んだためです。カードの段階を飛ばして現金からQR・スマホ決済へ「跳んだ」結果、MoMoのようなアプリが一気に生活に入り込みました。国家銀行が共通QR規格を整えるなど、政府の後押しもあります。
日本企業は、MoMoとどう向き合えばよいですか?
多くの場合、競合ではなく「乗る」対象として捉えるのが現実的です。自前で決済インフラを作るより、MoMoのような既存の決済・送客網を活用して、自社の商品やサービスを届けるほうが早い。まずは現地の決済がQR前提で動いていることを、事業設計の出発点に置くことです。
ベトナムの内需を捉えるうえで、何に注意すべきですか?
ボリュームゾーンを都市の富裕層だと思い込まないことです。MoMoが銀行口座を持たない層を主戦場にしたように、中低所得・地方の生活者が大きな市場を形づくっています。誰が、どこで、どんな手段で買うのか——現地の生活動線を起点に設計することが大切です。
その商品の価値、お客様に伝わっていますか?
「いい商品なのに売れない」——その原因の整理からお手伝いしています。食品の現場を知る私たちが、御社の売り方を一緒に見直します。まずは現状を聞かせてください。
