新商品を増やす前に、買い手を変えてみる。Agritureから考えるメーカーの新規事業

新しい売上をつくろうとすると、メーカーでは新商品の話になりがちです。新しい味、新しい素材、新しいパッケージ。しかし、商品を増やしても、売り先や買う理由が同じなら、既存商品の売上が移るだけになることもあります。
別の方向から考えてみたいのが、「いまの製品や技術を、これまでとは違う相手のために使えないか」という問いです。新規事業は、必ずしも新技術や新製品から始まるわけではありません。誰が、何のために、どの予算で買うかが変わると、同じ製造基盤から別の事業を組み立てられます。
その考え方を、乾燥野菜などを扱うAgritureの公開事業を例に整理します。うまみ企画の代表が経営する会社ですが、ここで紹介するのは事業の設計であり、各サービスの利益や成長率を示すものではありません。
「乾燥野菜」の買い手は、食品売り場の客だけではない

Agritureは、業務用原料の販売や受託加工に加え、職場向けサービス「オフィス八百屋」、企業向けのノベルティ制作などを案内しています。Agritureの事業紹介
製造側から見ると、いずれも乾燥加工や原料の知識、小分けの対応といった近い資源を使う事業です。一方、買う側から見ると、それぞれ違う買い物になります。
表は横にスクロールできます。
| 提供の形 | 買い手が実現したいこと | 商品以外に必要になる提案 |
|---|---|---|
| 業務用原料 | 自社の料理や商品に使いたい | 用途との相性、継続調達、使いやすい形態 |
| 職場向けの食品サービス | 従業員が職場で利用できる食の選択肢を増やしたい | 置き方、利用場面、補充や管理の仕方 |
| 企業のノベルティ | イベントや企業の取り組みを伝えたい | 配る目的、受け取る人、企画と食品のつながり |
ここで変わっているのは、単なる営業先リストではありません。購入の目的と、比較される相手です。
業務用原料なら、別の食材や仕入れ方法と比較されます。職場への導入なら、別の福利厚生やオフィス向けサービスが比較対象になり得ます。ノベルティなら、文具や雑貨、別の配布企画も候補に入ります。同じ「食品」であっても、相手の中では属する市場が違うのです。
用途が変わると、商品説明も変わる
「国産の野菜を乾燥させています」という説明は、原料を探す相手には意味があります。しかし、それだけで職場の担当者やイベントの企画者が、自分の仕事にどう使うかまで思いつくとは限りません。
オフィス八百屋は、乾燥野菜を職場に常備し、カップ麺やスープなどに加える利用場面を示しています。素材の特徴に加え、「職場の昼食で使う」という生活の中の位置を提示している点が参考になります。オフィス八百屋の公式紹介
ノベルティも、ただ小袋に会社名を入れれば成立するわけではありません。どんな催しで、どんな人に渡し、何を持ち帰ってもらうのか。食品ロスへの取り組みを伝えたいのか、地域とのつながりを紹介したいのか。相手の目的によって、原料の選び方や伝える内容が変わります。Agritureのノベルティ制作
メーカーにとっての転換点は、「何をつくれるか」の説明から、「あなたのこの場面で使えます」という提案へ進むところにあります。
新しい市場でも、提供する責任まで同じとは限らない
買い手を変える発想には可能性がありますが、「既存商品をそのまま別の会社へ売ればよい」と考えるとつまずきます。
家庭用の商品を法人向けにすると、注文単位や納品先が変わるかもしれません。職場で使ってもらうなら、利用者への説明や補充が必要になります。ギフトなら、渡したときの見栄えや持ち帰りやすさまで商品の一部です。
新事業のためにすべてを変える必要はありません。ただし、製造は共通でも、販売と運用の負担が増えることはあります。売上だけでなく、個別対応、配送、問い合わせ、在庫まで含めて続けられるかを見る必要があります。
判断したいのは、「新しい客がいるか」と「その客に必要な形で提供しても利益が残るか」の両方です。関心を示す人が多いことと、事業として続けやすいことは別です。
隣の市場は、どこまでなら狙えるか
候補を考えるときは、自社の強みを商品名ではなく、組み替えられる資源として捉えてみます。原料の調達力、加工技術、少量対応、保存性、地域との関係、デザイン、すでにある取引先。そのうち、別の買い手にも意味があるのはどれでしょうか。
たとえば、以下は事業を考えるための仮説です。実施済みの取り組みや、需要が確認された案件ではありません。
- お茶のメーカーが、家庭用の袋売りだけでなく、宿泊施設の客室や企業の贈答に合う飲用体験を提案する。
- タオルのメーカーが、一般家庭向け販売に加え、宿泊施設の滞在体験やスポーツ施設の物販を一緒に考える。
- 保存容器のメーカーが、料理教室や食品ブランドと組み、調理後の保存まで含めた使い方を提案する。
こうした展開で再利用できるのは、製造設備だけではありません。食品ブランドが持つ料理の知識、道具メーカーが持つ使い勝手の知識も、提案の材料になります。
ただし、取引のために大幅な設備投資が必要で、営業先も運用もまったく新しいなら、それは「隣」の市場とは言いにくくなります。既存事業から何を引き継げるかを明確にすると、見た目の面白さだけで新規事業を選びにくくなります。
三つの候補から、一つを選ぶなら

同じお茶メーカーが「ホテル向け」「企業ギフト」「一般消費者向けの定期販売」を考えたとします。どれも製造はできるとしても、始めやすさは同じではありません。次の順番で比べると、自社に近い事業が見えてきます。
- 顧客に会えるか。 既存取引先からホテルの運営担当者へ話を聞けるなら、用途や困りごとを早く確かめられます。市場の大きさだけでなく、仮説を検証できる接点も資源です。
- 今の提供形態をどこまで使えるか。 ギフトごとに包装や内容を変えるなら、製造以外の企画・進行管理が増えます。定期販売なら、少量配送や休止対応などの仕事が生まれます。
- 二件目にも同じ提案が使えるか。 一社だけの特殊な要望なのか、似た顧客にも共通する需要なのか。大きな一件を受けることと、新しい事業を育てることは分けて評価します。
この比較は、最初から正解を決めるためではありません。たとえば「ホテル向けは顧客に会えるが、提供方法が分からない」なら、先に確かめるべきことが絞れます。「一般消費者向けは製造できるが、誰が買うか分からない」なら、定期購入の仕組みをつくる前に、買う理由を知る必要があります。
相手と一緒に用途をつくるなら、貝印・日清食品との事例から考える共同企画も参考になります。自社だけで新しい使い方を考え切る必要はありません。
最初に試したいのは、新商品より新しい提案
まだ相手の需要が分からない段階では、大量の商品をつくるより、具体的な提案を持って話を聞くほうが有効です。
たとえば宿泊施設向けのお茶なら、「当社のお茶を置きませんか」だけではなく、どの客室で、いつ飲んでもらい、宿の体験に何を加えるのかまで仮説にします。そこで、宿側が重視するのは味なのか、地域性なのか、扱いやすさなのかを聞く。担当者が欲しいと言っても、運営側が補充できなければ採用は進みません。
この段階で知りたいのは、好意的な感想より、誰が導入を決めるのか、いま何を使っているのか、替える理由があるのかです。その答えによって、商品を少し調整するのか、サービスとして組み直すのか、別の買い手を探すのかが変わります。
Webサイトや営業資料も、仮説に合わせて一つの用途が伝わるものを先につくれば十分な場合があります。複数の新市場向けにサイトを一度に広げる必要はありません。最初の反応から提案を直せることが重要です。
顧客と用途が見えてから、SNS・検索・ポップアップなどの売り方を選ぶ段階へ進みます。先に媒体を決めて、その媒体に合う事業を後付けする順番にはしないほうがよいでしょう。
やらない新規事業を決めることも、事業開発
自社の強みを必要とする相手でも、常に受けるべきとは限りません。案件ごとに仕様が大きく変わり、製造現場が疲弊する。受注はあるが単発で、営業費用を回収しにくい。既存取引先との関係を損ねる。こうした条件なら、事業の形を変えるか、取り組まない判断も必要です。
逆に、初回の注文量が小さくても、同じ課題を持つ顧客に提案を横展開できるなら、育てる意味があります。大きな一件を取ることと、繰り返し売れる事業をつくることは、分けて考えたいところです。
新商品を増やす前に、新しい買い手と買う理由を描く。そうすると、商品開発も販路開拓も、何のために行うかが定まります。
うまみ企画では、既存の製品・技術を起点に、新しい顧客や用途、販売方法を一緒に考えます。「いまの商品で別の事業をつくれないか」という段階から相談できます。メーカーの新規事業・売り方について相談する
